サービス開始日: 2018-11-27 (2685日目)
タツヤ、陛下。
キャラが濃くて実に良い。
そしてテオリッタは素直に褒め称えたい。
勇者に貼られたレッテルは、
彼らの本当の生き様を知らなければ、決して剥がれない。
だが、その歪みに気づき始めた者が、
騎士団の中にも確かに現れている。
この復讐劇は、
ゆっくりと、しかし確実にどこへ向かっていくのか。
最後まで、しかと見届けたい。
誰が敵で、誰が仲間なのか、どんどん分からなくなっていく。
この作品はずっと問い続けている気がする。
「復讐の後に残るものは何か」
「勇者とは何か」「魔王とは何か」
「善とは何か」「悪とは何か」
単純な勧善懲悪ではなく、
価値観そのものを揺さぶってくるタイプのアニメだな、と改めて思った。
薄味のスープを延々と掬っているような感覚になり、
一度は視聴を中断してしまった。
ただ、あらためて
何も考えず、軽い気持ちで見直してみたら、
それがちょうど良かった。
この作品は、深く入り込もうとすると合わないが、
少し距離を保って眺める分には、悪くない。
しばらくは、この距離感を意識しながら見ていこうと思う。
鷹峰さん、プライドが高いというか……
やっぱり相当な負けず嫌いだなぁ。
それにしても、お湯風船はさすがにコメディが過ぎるだろ(笑)。
一瞬で空気が持っていかれた。
お祭りの見回りを「やり直し」で、しかも全域見回ることになる展開。
最初は「そこまでやる必要ある?」と思ったけれど、
見ていくうちに、鷹峰さんの狙いは別にあったんじゃないかと感じた。
目的は見回りそのものじゃない。
主人公と同じ時間を過ごすこと。
見回り以上、デート未満の距離感の中で、
欲しい言葉や、安心できる感情を確かめたかったのかもしれない。
戦場ヶ原したぎ、だなこれは。
すまん、ひたぎ。許して。
誘惑に対して
「そういうのは付き合ってから」
という話題にも、それとなく反応していたように見えた。
「バカみたいに真面目な人」という評価も、
冗談や皮肉というより、本気でそう思っていそうだ。
……となると、やっぱり元々、
主人公を狙っていたんだろうか。
一番であり、完璧であることはあくまで前提。
そのうえで、一切妥協しないのが鷹峰さん、というわけか。
主人公が順応していく流れは、やや都合よく感じる部分もあるけれど、
それでもやっぱり、二人の過去の関係が気になってしまう。
「他の人には見られたくなかったと思ってくれていたのなら嬉しい」
というセリフも、本心だと言い切っていたな。
OADという枠の中で、指定なしの限界をかなり攻めた作品だったと思う。
終始、「鬼畜」「ゲス」「露骨なエロ」に踏み込むことなく、
あくまで“仕方ないエロ”の範疇に留まり続けていたのは、ある意味すごいバランス感覚だ。
決められた枠の中には多少の窮屈さも感じたが、
それを壊すことも、組み替えることもせず、
最後まで守り切った点は素直に評価したい。
テレビ版との違いも興味深い。
謎の光の有無に頼らず、構図や演出、展開の攻め方だけで差別化しているのが印象的だった。
ただ刺激を強めるのではなく、
「どう見せるか」にこだわったOADだったと感じる。
いろんな角度からマスター登録させられそうになって、
結局ギリギリで今回もダメ、という展開なのかな?
それとも、ここから先へ進むんだろうか。
屋内では羞恥機能が発動するのに、
屋外では普通に機能しない(葉っぱで解決)あたり、
そこまで含めての仕様なのか、
それとも完全にギャグなのか判断に迷う。
そもそも1話のラストも、
結局何が起きたのかよく分からないままだし、
こういうタイプの作品は初めてなので、先がまったく読めない。
……なるほど。
これが「考えるな。感じろ」というやつか!
あちらの神が、なぜ優希を欲しがるのかが気になる。
他の組長たちまで彼を欲しがるのを見るに、
評価されているのは優希自身の力というより、
「貸し出し可能」であること――
つまり“従わせやすさ”や“適応性”の高さなのかもしれない。
優希は命令を疑わず実行し、
他人の期待に応えようとする節がある。
力の器としては都合が良く、
正直なところ、扱いやす過ぎるとも感じる。
その性質は、
姉があちら側へ行った理由とも
何か関係があるのでは……と考えてしまった。
ところで、
白い鎖みたいなものが邪魔で画面がよく見えないんだけど、
もしかしてディスプレイ汚れてる?
この前掃除したばかりなのに……(ゴシゴシ)
一期は物語としての「一区切り」であると同時に、
トルフィンという人間の“生死”を描いた物語だった。
アシェラッドは、仇として死んだのではない。
戦士として、王の側近として、
そして父の血を引く者として――
すべてを背負ったまま、自分で幕を引いた。
トルフィンは、クヌートを殺す気はなかった。
あれは殺意ではない。
行き場を失った衝動だった。
首を狙わなかったこと、
刃の軌道、
振り下ろす瞬間の目。
どれもが「殺す」ではなく、
「止めてくれ」「奪わないでくれ」と叫んでいた。
だがアシェラッドは、もう分かっていた。
トルフィンが
・復讐のためだけに生きてきたこと
・それ以外の生き方を一度も考えてこなかったこと
・自分が死ねば、彼は空っぽになること
だからこそ、
あの言葉を“最期”に置いた。
――ずっと、先へ。
トールズの行った世界の、その先へ。
あれは命令ではない。
救いでもない。
「俺はもう、お前の人生の中心にいてはいけない」
という、手放しの言葉だった。
トルフィンが叫ぶ
「勝手に死ぬな」
それは怒りではない。
依存が断ち切られた悲鳴だ。
生きる理由を
誰か一人に預けてしまった人間が、
その人を失った瞬間に出る声。
だからトルフィンは、
あの場で“戦士としては”何もできなかった。
剣を振る理由も、
向ける相手も、
生きる目的も――
すべてが同時に消えたからだ。
ここで一期が終わるのは、物語として正しい。
なぜなら、
復讐の物語は、ここで完全に終わったから。
24話は、物語としての「一区切り」であると同時に、
トルフィンという人間の“死”を描いた回だった。
アシェラッドは、仇として死んだのではない。
戦士として、王の側近として、
そして父の血を引く者として――
すべてを背負ったまま、自分で幕を引いた。
トルフィンは、クヌートを殺す気はなかった。
あれは殺意ではない。
行き場を失った衝動だった。
首を狙わなかったこと、
刃の軌道、
振り下ろす瞬間の目。
どれもが「殺す」ではなく、
「止めてくれ」「奪わないでくれ」と叫んでいた。
だがアシェラッドは、もう分かっていた。
トルフィンが
・復讐のためだけに生きてきたこと
・それ以外の生き方を一度も考えてこなかったこと
・自分が死ねば、彼は空っぽになること
だからこそ、
あの言葉を“最期”に置いた。
――ずっと、先へ。
トールズの行った世界の、その先へ。
あれは命令ではない。
救いでもない。
「俺はもう、お前の人生の中心にいてはいけない」
という、手放しの言葉だった。
トルフィンが叫ぶ
「勝手に死ぬな」
それは怒りではない。
依存が断ち切られた悲鳴だ。
生きる理由を
誰か一人に預けてしまった人間が、
その人を失った瞬間に出る声。
だからトルフィンは、
あの場で“戦士としては”何もできなかった。
剣を振る理由も、
向ける相手も、
生きる目的も――
すべてが同時に消えたからだ。
ここで一期が終わるのは、物語として正しい。
なぜなら、
復讐の物語は、ここで完全に終わったから。