ある日、草食恐竜のマイアサウラのお母さん(原田知世)は、川に落ちていた卵を拾う。卵からかえったハートは仲間たちとは違う顔をしていた。群れのボスはハートを肉食恐竜かもしれないと考え、踏み殺そうとする。命がけでハートを助けたお母さんは群れを離れ、ハートを育てることを決意する。
お母さんの実の息子であるライトとともに、ハートはすくすくと成長していく。
お母さん、そして本当の兄弟のように仲の良いハートとライト、三人家族の幸せな生活はいつまでも続くかのように思われた。
そんなときハートは草原で卵を発見する。ハートが卵に近寄ると、卵から草食恐竜のアンキロサウルスの赤ちゃんが転げ出てきた。美味しそうな赤ちゃんを見て、ハート言う。
「おまえうまそうだな」
表面的には種を超えた親子の感動ドラマのように見えるが、
その奥には「命の尊さ」と「命を扱う難しさ」が内包された物語だと感じた。
この映画を見て実際に起きた事件を思い出した。
動物の愛護活動を行っていた人が、自身の管理能力を超えた動物を受け入れた結果、
多頭飼育崩壊を引き起こし、衛生環境の悪化や異臭問題で周囲とトラブルになった事件だ。
この事件と、母竜が卵を拾い育てる姿が重なって見えてしまった。
なにも母竜が安易に卵を拾ったことを批判したいのではない。
救える命があるのならば救いたい、という感情は至極真っ当だし、素晴らしいことだと思う。
しかし、命という重みが、さまざまなバランスを崩し、押しつぶしてしまう。
作中でハートは不気味がられ、殺されそうになり、最終的に捨てられることになる。
結局、母竜は群から離れて暮らすことを選択するが、これこそ命の重みゆえの結果なのではないだろうか。
なにが正しく、なにが悪いかという問題ではないのだろう。
それは終盤の母竜とバクーの対話にもよく表れていた。
肉を食わないと生きていけないハートをどうするつもりだったか尋ねられた母竜は、
たとえ自分が食べられても、ハートに生きてほしかったと訴える。
しかし、もしそうなればハートは母親を食い殺した苦しみを一生背負っていくことになる。
かといって、母竜が育てなければハートは生きることさえできなかった。
この母竜とバクーの対話に、誰もが納得できる「正しい答え」を出せる人がいるだろうか。
正解がないからこそ、命を扱うことは難しく、そして尊いのだと思わされた。
多頭飼育崩壊の例に限らず、命に関わる問題に直面することは現実にもあるだろう。
そのとき、自分はどうすべきなのか。
そんな問いを投げかけられた作品のように感じた。