サービス開始日: 2025-11-21 (227日目)
三回目か四回目かの視聴(忘れた)
映像技術や演出に感嘆してられるのは途中まで。最終盤はそんなこと言ってられない。
主要人物以外の描写がどうしても少なく感じるが、この疾走感あってのサイバーパンクエッジランナーズなんだろうなって。
また、それによってデイビッドという人物がより際立ってみえる。
女手一つで育ててくれた母は自身に夢を預けて死んだ。自分をサイバーパンクとして鍛え、また、男として成長させてくれた恩人であるメインからは「走り抜けろ」と死に際に言葉を託された。他人の夢をいつも背負い続けていたメタファーとしての、トレードマークの黄色いウェアだったわけだが、最後は愛する女を助けるためだけに、そのウェアを脱ぎ捨て、サイバースケルトンに身を包み、その呪縛を解き放つ。他人の夢に寄りかかっていたデイビッドは、自身が愛する女、ルーシーの幸せを願い、それそのものが自分の夢であると彼女に託して、派手に散った。
にしても10話という短い構成の中でここまでの激重感情ボーイミーツガール作れるんだって毎回思う。ちな、改めてみてみると二話と四話に詰まってるよ、マジで。
中盤以降で語られるルーシーの過去を知った上で観ると、彼女がデイビッドという少年になぜ心の拠り所を見出したのか、自分なりの解釈を紡げてしまって1人で発狂したりした。
あぁ、、日光が気持ちいい。(現在朝六時)
一話完結のオムニバス形式。レトロな雰囲気大好きなのでそれだけで観ようと思えたけどそれ以外の感想を以下に。
全体を通して粗が無い。12の都市で12人の年頃の女の子の葛藤や成長が描かれるが、どの話も起承転結がわかりやすくかなり好印象。
お気に入りは三話と五話。
前者は純粋で真っ直ぐな17歳の少女に魅せられたアラサーの琴音の方の変化にスポットライトが当てられていたというのが印象に残っている。こういう対比構造において片方がもう片方に影響受けて前に進もうとする系良いよね。
後者は陸上部の女の子の話。同年代の友人間の関係性に焦点があたっていたが、一話の完成度の高さは(超個人的に)一番だったと思う。(他の多くのエピソードとも通ずるが)過去の過ちを繰り返さないこと、未来への希望の提示という流れが秀逸。あとはシンプルに俺が陸上やってた補正かな()
二話で福岡市出てきたのテンション上がった。
九話登場のかずよしさんかなり好きなんですけどわかります?
シンプルに観てて楽しかったのは11話。
3月に映画館で観た以来、2度目の鑑賞。
簡潔に述べる。「好き。泣く。映画館でしかみたくない。」
この作品を好きになるか否かの分かれ道は、彩葉の感情曲線の変化にノれるか次第だと思っている。これは、彩葉とかぐやの関係性の変化とそれに伴う彩葉の心情変化や価値観の転換とも言い換えられるだろう。(キャラのビジュ、映像、音楽、ボカロ等々を目的で観ている人にはあまり関係ない要素かもしれないが....)
本作は視聴者側の予想を超えるスピード・テンポ感(主観)で物語が進む故、多少ご都合主義なところが散見される。また、特徴として、明確な敵・悪役との対立構造、その他”ノイズ”の排除、他の劇場アニメでみられる長回しの演出の削減が挙げられる。こういった面に対して批判が集まるのは理解できる。実際、彩葉が当初「自分一人でやりきる」ことに拘っていた背景、母との確執とその解消等の描写はもう少し尺が欲しかったというのは私自身も感じた次第である。しかしながら私の場合、前述の内容にノることができたので、そうしたある種の構成の粗さには目をつぶることができた。
そして、圧巻の映像体験ができることは言うまでもないだろう。空間を広く・深く使ったカメラワーク、発光の多い映像表現はまるで”ライブステージ”をみているかのようだった。
他にも語りたいことは色々あるがキリがないのでここで止めておく。