サービス開始日: 2024-09-24 (739日目)
ララが徐々に泡になって消えていくことへの「怖い」という本音を初めて明らかにしたことで、これまで見えにくかった彼女の心の動きが分かって良かったと感じた。
または話の最後で茉里のもとへ戻ったことで、二人の絆が深まったように感じるが、これは家族愛なのか友愛なのか、まだ分からない。ルカとの関係も恋愛なのか、そして「本当の愛」とは何なのかは依然として謎のまま。ララの心に呼応する琵琶湖の巨石や魔女の真意も含め、これらが最終的にどう一つの物語として収束するのかが気になる。
ルカとの電話でララが吹っ切れた心の変化は少し唐突にも感じた(もちろんその前段での伏線はあったにせよ)のでこの点で良いの評価。
書きたいことはわかるが、感情を揺さぶられて全肯定とは今だいかない。
原作既読。
原作既読で展開を知っているにもかかわらず、息つく間もなく、考えを整理する暇すら与えられないまま怒涛のように話が進んでいくことに圧倒された。冒頭のドレゲネとボラクチンの会話も内容が分からないまま進み、シタラ自身も何が起きているのか把握できていないため、視聴者もシタラと同じ情報量で周囲の行動から状況を推測するしかない。この不安定な状態が強い緊張感を生み、起きていることのすべてに「何か裏があるのでは」と深読みさせられる。各登場人物の意図や本音をあえて見せない作りも巧く、その真意が後で明らかになると思うとワクワクする。最後のトルイの場面も、原作で展開を知っているからこそ、アニメではこの場面をどう見せるのかという期待が高まる抜群の引き。原作既読でも緊張感をもってアニメに集中してしまう、文句なしの「とても良い」。
アクション一辺倒ばかりで、これが続くようならそろそろ潮時かなーと思っていた頃に、アクションを終わらせ、新展開、新キャラを出してくる。
さすがベテラン原作者、長期連載を引っ張る方法を心得ていると関心。
今回は新キーワード、”西村”が登場。どうやらこれが次の黒幕になるっぽいのと、その関係者であるとおもわれる狂気じみた女子高生。
先週不満だった点(敵が刀使いだけ、影森が強すぎる)を、解消してくる。
前半のイルクナー視察では、ダームエルとブリギッテの関係性を描く重要な場面も、演出や間が淡泊で、もう少し頑張ってほしいと思う一方、「まあ、こんなものだろう」と半ば諦め。
後半の素材集めも小説を淡々と映像化した印象で、原作ファンとして内容を確認するための視聴に近い。それでも、どこかで望み薄の大逆転が起きることを期待。
7話で不満だった現代的な音楽アレンジが今回はなく、舞をそのまま見せてくれたのは良かった。ただ、4話の観阿弥の「千歳」と比べると、舞そのものに引き込まれる感覚はやや弱かった。理由はまだうまく言語化できない。コガネとの絡みは、鬼夜叉に「恵まれた側の人間として何をするのか」を自覚させるための必要な場面だったと分かり、一応納得した。ただ、キャラクターとしての弱さは残る。増次郎の過去もライバルに深みを持たせるために必要な描写で、ここまではよくある話だと思っていたが、最後に鬼夜叉と増次郎がそれぞれの気付きを得た上で一緒にやる流れになったのは予想外。次回への引きとして興味を持てた。
MyGO!!!!!やAve Mujicaでは10話が終盤へ向けた重要なターニングポイントだったので、今回も大きな展開を期待していたが、ユノの過去が少し描かれた以外は、ただキャンプをして作曲するだけで、現在の問題がほとんど進んでいない。ユノの過去自体も、何か重要な設定があるなら、ここまでに伏線を張っておけば「ここにつながるのか」と受け止められたはずなのに、あまりにも唐突に出てきたため、何をどう受け止めればいいのか分からない。自分の理解力の問題なのか、それとも制作陣が何も考えておらずやっつけ仕事をしているのか、それすら判断できない。普通ならここで視聴を切るレベルだが、バンドリへの思い入れと、何とか持ち直してほしいという気持ちで次回も見る。制作陣は本当にこれでいいと思っているのだろうか。
ララが人間を拒むことと、かつて王子が人魚を拒んだことを重ね、ララ自身にその過ちを気づかせる構成が上手い。人魚の姿のままでもララを受け入れるルカが現れたことで、ララが本当の愛を知る展開になるのか。そして一方、琵琶湖に浮かぶ巨石が、過去に王子を拒絶された際にララの心から生まれたとものということが判ったが、その短剣が、原作の王子を殺せば人魚に戻れるという物語のメタファーとなっているのか、現在の物語でどういう役割を担うのかの謎も残る。「さよならララ」という題名や最後の濡れた青い靴から、幸せな恋愛だけでは終わらず、悲劇が待っているのではないかという不安も感じる。
原作既読。
もはや「とても良い」以外の語彙がなくなってきた。今回特に良かったのは、シタラがボラクチンに取り入ろうとする過程を巧みに描き、「これなら何とかなる」と視聴者に安心感を与えておいて、ボラクチンがドレゲネを呼び出すところで一気に状況をひっくり返した構成。
シタラの思惑通りにはいかないことと、ボラクチンの手強さを自然に分からせるだけでなく、すでに感情移入し始めているであろうドレゲネまで危険に晒すことで、強い引きを作っている。
とうぜん、原作既読なので続きを実際には知っているのだが、読書時に感じた面白さを今度は声優の演技や映像によってもう一度味わえている。
1~8話を通じて期待していたポイントを制作陣がしっかり押さえてくれているので、もはや細かく論評するより、制作陣を信用して純粋なエンタメとして楽しみたいと思える作品になっている。
今回もダイジェスト感は変わらないが、原作でも特に印象に残っていたダームエルの結婚の申し出だけに、原作との落差が大きく、かなり拍子抜けした。
二人の関係性や、そこに至るまでの積み重ね、申し出の場面の間や空気が十分に描かれず、出来事だけをサラッと流した印象。
原作既読者でも原作のイメージを壊されるほどで、未読者に本作の魅力が伝わるのか心配になる。
良いとしようと思ったが、演出が最悪。
今回の最大の不満は、鬼夜叉の「卒都婆小町」に現代的な音楽と歌のアレンジを加えた演出。能を知らない視聴者にはそのままでは退屈だろうという制作側の意図は想像できるが、むしろ能の面白さを伝えることこそ制作側の仕事ではないかと思う。制作陣にその力はないと自ら白状し、その役目を諦めているように感じた。
4話で感じた、歴史世界の中で舞そのものを堪能できる魅力を自ら損なっており、作品が狙っているだあろう、大河ドラマ的な空気とも相容れないように感じた。(それは大河ドラマ的なナレーションを入れることでも分かる)
徳さんやコガネから対決のヒントを得る展開は悪くないものの、キャラクターの掘り下げが弱く、物語上のアイテムのように見えてしまう。
一方、義満から恵まれた身分であることを自覚せよと言われる場面は良かった。
あと、新右衛門の登場に「一休さん」とのつながりを感じたのも少し面白い。
次回で対決のクライマックスを迎えそうだが、また現代的な音楽演出にならないかが非常に心配。
良いとは言い難い。
ユノの「解散」発言は、その真意を今後きちんと描いてくれるならまだ良いが、ここまでのストーリー運びを見ると、十分な積み重ねが描かれるのか疑問が残る。
ミヤコの「馴れ合いが嫌い」という部分は1話から火種が仕込まれていたように見えるものの、それだけでは物語をここまで引っ張る駆動力としては弱く、ビオラに操られていることもあって、ミヤコ自身の葛藤として伝わりにくい。
ノノも、能天気で明るく見える一方で何か抱えていそうな描写が出てきたのは興味深いが、これも納得できる形で、かつ物語上必要なものとして描けるのか心配になる。
相変わらずビオラは悪役一辺倒。贔屓目に見ても良い作りとは言い難く、バンドリシリーズと楽曲への思い入れがなければ視聴をやめているレベルだが、あられの歌と楽曲、そして過去作への信頼があるため、今のところ最後まで見届けるつもりでいる。
とりあえず満を持して公開日に見に行ったが、予想通り良くわからんかったのでストーリの評価は保留。
配信に降りてきて2度め3度めを見ることがあればストーリも評価したい。
なんかまだ続きそうな雰囲気だったが、そろそろこのネタで擦るのは限界かも。
原作未読。
自分で作った本を一冊売ることがどれだけ大変で、同時にどれだけ嬉しいことなのかが、おそらく作者自身の実体験を感じさせるリアリティをもって描かれていて、思わずもらい泣しそうになる。ヤスミンの本が売れず悔しさを残す展開も、単純な挫折にはせず、同情ではなく作品そのものを評価されて本が売れる所に、この作品の温かみを感じる。
また手島先生については、相たちの創作を見守るうちに、かつて枯れたと思っていた創作への情熱が再び動き始めているように見える。編集者から「創作に同情を持ち込むのは良くない」と言われた場面も、そのマグマを再び呼び覚ます様な表現がされており、先生自身がもう一度創作に戻っていく(希望を込めて)物語としても今後が楽しみになった。
これまで明らかにならなかったリサ側の事情が描かれ、彼女の目的や人間を嫌う理由、他の人魚の行方などが分かったことで、これまで掴みにくかった物語の構造が一気に見えてきた。
リサへの見方も単純な敵役ではなくなった一方で、魔女の目的など新たな謎も浮かび上がり、そして最後のシーン。ここまで謎を明らかにしておいて、更に「何が起きたのか分からない」強い引きを置く構成も上手い。人間の様々な愛情というテーマだけでなく、魔女の真の目的など、物語全体がどこへ着地するのかが気になってきた。
原作既読。
展開を知っているにもかかわらず、30分が5分に感じるほど没入した。今後シタラのライバルとなるであろう第一后ボラクチンと、オゴタイの賢さ、ひいては手強さを視聴者に理解させる回だったが、その見せ方がとにかく秀逸。
シタラとドレゲネ、モゲとボラクチンの会話を対比させることでボラクチンの立ち位置を明確にし、オゴタイについてもモゲの耳飾りを利用してモンゴルの物流を探るなど、具体的な行動を通してその知略を自然に理解させている。
復讐劇は敵が強大であるほど面白くなるが、そのことを説明ではなく物語そのもので分からせてくれる。
声優の演技も相変わらず素晴らしく、鳥肌が立つほど。原作で続きは知っているのに、早くこの先を映像で見たいという気持ちがますます強くなっている。
今回もダイジェスト感だった。だがここらへんは原作でこんなかんじなので、原作ファンは映像化したらこんなのなんだと楽めるとおもう。
シュティンルークのくだりは映像化でそのコミカルさが際立ってよかったと思う。
あと、そんなに複雑な絵柄でもないのに最近作画が崩れてきてない?
今回の評価は次回の展開を見て判断したい。
5話での敗北からすぐに復活させず、一度舞から離れさせて再起までの「溜め」を作った構成は良いと思う。
一方、再登場したコガネは前回までの印象が薄く、鬼夜叉を堕落させ、そこから再生させる存在としては弱く感じた。
むしろ新キャラのトクさんのほうが印象に残ったので、こちらをもう少し掘り下げてもよかったのではないかと思う。
また、白髪の男が畑を耕す動作から復活のヒントを得る展開も、5話の「猫から舞を着想する」のと同様に少し安易に感じる。
ただ、現時点では次回でどうつながるかを見たい。終盤のナレーションが醸し出す歴史ドラマとしての空気感は良く、「能の成立史を大河ドラマ的に描く作品」という4話時点の期待はまだ持っている。
奇抜すぎる設定から色物枠を想像していたが、1~2話では設定を活かした話作りが予想以上に面白く、新キャラも滑らず、今後への期待を持って視聴していた。3話までは「そうはならんやろ」という展開にも作品らしい納得感があり、先の展開が気になる作品だった。しかし4話から「バレそうでバレない」展開に既視感が出始め、5話では新キャラ紹介が中心となり、6話では怪獣要素を絡めてもありきたりな話に見えてしまった。序盤に感じた「奇抜な設定をどう面白く転がすのか」という期待が更新されなくなり、物語の結末そのものへの興味も失ったため、6話で視聴中止とした。
原作未読。4話あたりから感じていたパワーダウンが5話、6話と続いてしまった。ライリーの話自体はよくある題材で、そこに主人公の怪獣要素をどう絡めるかが本作の面白さになるはずだが、今回はその噛み合わせも弱く、怪獣要素を除けばありきたりな展開に感じた。視聴間隔が空いたことで作品の結末への興味も薄れ、続きを見る動機がなくなったため、6話で視聴中止。
視聴が遅れて10話あたりの情報がちらちら見えたので、現時点での評価は保留。
8話は、新曲が新たに劇中で出てきて、その楽曲の良さが改めて強く印象に残った回。仲町あられの歌声を含めて楽曲面は非常に好みで、楽曲のみで最後まで見届けようという気持ち。一方、ストーリーはビオラが都子を操り、普段から抱えていた不満を増幅させてバンド内に亀裂を生じさせる展開になっており、外部の敵がバンド波乱を起こされるというという発想自体は面白い。ただ、都子が炎上についてそこまで思い悩んでいたことが十分に描かれていない上、炎上の原因もイマイチ納得の行くものでは無く、さらにユノがバンドを辞める問言い出す展開も唐突に感じられる。ビオラも相変わらず悪役であることを強調する一辺倒で、さすがに単調。ギャグも単純に寒く、MyGO!!!!!やAve Mujicaと比べると作品全体が軽く見えてしまう。アニメとしては右肩下がりに感じるが、楽曲が気に入っているため、何とか持ち直してほしいと思いながらも視聴継続。
原作未読。今回も面白かった。特に、心が漫画を使って母親に自分の気持ちを伝える場面は言葉では伝えられなかったことが漫画なら伝わり、母親も単純な「悪い親」ではなかったと分かるところまで含めて。石龍も、何でも人との距離感が分からず、ノンデリカシーに見えて実は人の本質をよく見ているキャラクターなのが面白い。手島先生のファミレスでのネーム作りと相の体験が重なる構成も巧みで、2話頃から感じていた「手島先生は裏主人公」という印象がますます強くなった。漫画を描くことを通して、人間そのものや人と人との関係を描いている作品なのだと感じる。重くなりそうなところを赤福が適度にほぐしてくれるのも良い。
原作既読。ドレゲネの過去回。ストーリー展開が良い上に、相変わらず声優の演技が素晴らしく、すぐに物語に引き込まれる。最初はいやいやながら行った先で心の安らぎを得ていたが、それをモンゴルに踏みにじられたという似た過去を持つシタラとドレゲネの出会いに共感させられる。さらに、今まで復讐の手段を持たなかったシタラが、オゴタイの第6妃という権力を持った同志を得ることで、個人的な復讐が歴史を動かしていく可能性が見えてきたことも今後への期待を高める。
原作を一度読んでいるにもかかわらず、映像と音によって改めて物語を体験することで、原作では気づかなかった人物の魅力や物語の構造を再発見することが出来、今後への期待が高まり続けている。