サービス開始日: 2024-10-05 (727日目)
細かい話はエピソード感想の方に全部書いてしまったし、まとめると薄く、全部書くと長すぎるので省くのだが…この物語最大の転換点、その渦中での一時閉幕という形。原作を読んだ時から、これがアニメ化されるとしたら一体どのようになるのだろうと誰もが想像した回であったが、StudioBindは文句ない形で映像化してくれた。TP4で本当に見たかった映像化のうち、前半部分はこのクールで既に描かれた。しかし、後半部分、今回の示唆によって不可避的に発生するアレは次クールに持ち越されている。 既に老デウスから、そしてあちこちに散りばめられた映像や台詞から様々なヒントを与えられているが、これまでの足跡の意味が、見え方が根本的に変わる転換点が近づいている。その転換点に向けて、ここまでのすべての物語の積み上げの価値を示し、今とその先にある未来を守るという動機を刻み込み、そして傍流にいたエリスを引き戻すという仕事を、これ以上ない形でやってくれた。原作の魅力がそうさせた面もあるだろうが、例え原作が素晴らしくてもここまでアニメ化に恵まれる作品は稀だろうと思う。日常編の尺はやや長かった面はあるが、後で老デウスルートで崩すための積み上げであれば理解できる。トータルとして素晴らしい仕事。
終わった…
日記を読み終え、改めて今ここにある家族や友人、その生活のかけがえのなさを噛みしめるルーデウスだが…それを守るという覚悟はヒトガミの脅迫によってオルステッドに向けられることになる。どうしてオルステッドと組んでヒトガミと対峙しようとしないのか、アニメの描写はさらっとしているのでそのあたり伝わりづらいかもしれないが…それはこれまでの会話を振り返りながら少し考えればわかるはず。わからなくても2クール目でおそらく丁寧に説明されるだろう。
そして最後、今クールの冒頭を飾り、オルステッドと戦うであろうルーデウスの横に並び立つべくひたすら修行に明け暮れ、ついに剣王となったエリスのもとにルーデウスの手紙が届く。これからオルステッドと戦うという知らせとともに… 史上最大規模のアレが始まる。アレが…
引きは面白いんだけど…全体的に話はかなりとっ散らかってた感。今期何回これ言ってるかわからないけど、まずキャラクターが多すぎる。序盤はそれでも面白そうに見えたのだが、中盤から終盤まで話の焦点が常に3~4箇所に分散していて、最後の最後には一応合流するものの、正直あまり必然性を感じられない合流劇だった。ヴォーデインとトアの話も、これまで散々伏線が張られてきていたのだが、思ったより結構雑な感じというか… 魔獣王の設定が捻りがあって面白かったのに、トアと真の勇者の話は結構既視感があり。ヴォーデインの執着も思ったほどではなく、あっさり消えてしまったし、トアも引っ込んでいってしまって表紙抜け感があった。惜しいなぁ。
1話からほぼ少女しかいない学校で、少女同士がペアを組んで恋人つなぎしたりして、謎の戦争をして、怪我をしたらキスで修復する、という設定がぶち込まれて、あまりに露骨に欲望をぶつけすぎてさすがに品がないなと思ったのだが、品のなさはそこがピークで、特に中盤以降はセイラン、アリ、ミミ、シーナを中心に戦争、不死と死、停滞と変化を中心に関係の移り変わりがゆっくりと描かれ、ある種の極限状況で人間関係を描く物語として楽しむことができた。
バトルを中心とした作画も非常に気合が入っており、セイランの死と同時により叙情的にアレンジされたOPとその変遷は素晴らしい。とはいえ、未だ原作が連載中のこの作品、普通であれば自我をもったミミとミミのために自立を目指すシーナの軋轢と和解を描いた12話で終わるはずで、そうなっていたなら比較的陳腐に思えていたと思うのだが…13話でアリの視点からセイランの喪失を改めて描いたことで、この作品の鑑賞後の余韻は一段階上がっていた。直後のただただ信じがたい喪失感を描いたものから、やや時間が経って、それでもふとした時にあちこちに気配を感じて悲しくなってしまう感覚、あれが繊細かつ情緒的に描かれ、それによって「セイランとアリの喪失を機に変化したーナとミミの物語」からこの世界の見え方が一段広がり、作品自体に奥行きを与えて終わらせることに成功していたと思う。
特に序盤、花田十輝をもってしてもいまいちか…と感じていたが、こういうところでシリーズ構成面から余韻を増してくるのはさすがだと思わされた。それでもとても良いまでは届かないのがこの作品の癖が強いところではあるのだが。
かなり普通寄り、というか大半の場面は間延びしていてテンポが悪いし、作画ものっぺりしていて演出も平板なので、アニメらしい魅力があまりない。ただ、原作の力で神社のクライマックスと湾岸大型怪異のクライマックスは面白い。それだけで評価を+1した。カナとメイがフィクションを肯定して、無邪気にそうしていた過去を肯定して、そこから辿り着いた現在を肯定して、目の前の出来事、そしてそこにいる同じルーツ・同じ志の人間を仲間として受け入れて、今まで受け入れなかったことを受け入れた自分を肯定して、そうしてミッションを遂行する力にする。その様子はやはりとても良いもの。
サーカスが題材なのだが、サーカスらしい映像描写はかなり少なく、主人公の空中ブランコ2人以外はほとんど止め絵。前半は主人公を含むサーカスメンバーの葛藤と成長が描かれる…のだがどれも非常に浅い感じで、サーカス関係ないエピソードが多い。後半は団長の病気が突然悪化し、突然のトーナメント展開から超速スキップでライバル団と戦って終わる。最終話だけはそれなりにまとまっていると思うのだが、そもそもの団長の病気がとってつけたようで、トーナメント設定にした意義もよくわからず、最終的には団長の窮地描写がことごとく雑に反故にされて、うまいこと助かって大団円みたいな終わり方に、単に終盤の展開を作りたいがためだけの舞台装置感が透けて見え、とにかく物語の適当さを感じた。
サーカスだから仕方ないのだろうが、数が多い割に大した役割がないキャラクターが多い。ひまわりサーカスのメンバーですら数合わせぐらいにしか見えないし、ロータスサーカスのメンバーもほとんどいてもいなくても変わらないような薄い役回り…そのわりに、ひまわりサーカスが決勝で選んだアプローチが「技術では届かないから全員の力で物語仕立ての構成にする」というもので、それならもっと団員のエピソードをここにつなげるように描写しておいてくれよと思ってしまう。あそこまで雑に扱っておいてみんなの力で物語仕立てで頑張ろうと言われても、これまた突然ですねとなる。
止め絵の映像や最終盤の皇姉妹のやり取り、1つになった後のひまわりサーカスの前向きさは良いのだが、そこに至るまでの環境描写や積み上げが不足しており、尺とテーマに対してサーカス(が必然的に要求するキャラ人数や個々の演目)の描写が浅く、物語とサーカスがうまく馴染んでいない。また、この尺の中で展開を収めるために大人組が都合の良い舞台装置になっているように見える点が苦しい。悪いというほどではないのだが、決して良くはない、妥協しながら置きに行った、という印象が残る作品だった。
凝った話ではないけど、ゲーム世界の成長と戦いをテンポ良く描くエンタメとしてはそれなりに面白い。1期に比べるとマシになっているとはいえ、作画はギリギリな感じではあるが…キャラデザ自体はコミカライズに忠実で、まぁこんな感じかなとは思う。終わりの魔王に対してはじまりの召喚士を名乗るところがピークな気はするが、コミカライズは次期ぐらいまでは面白いので、そのへんまでは見ようかなぁ。。
ある時新葛飾に落ちた隕石によって身体が欠損し、その隕石から放出される物質によって欠損が補完された結果特殊能力を持ったが、隕石の影響範囲内の新葛飾から出られなくなった少年少女たちの物語。彼ら6人×5チームの30人がチーム戦で浅いゲームを繰り返す中で人間ドラマ的なものが描かれる…というと別に悪くもなさそうに聞こえるが、これがもう本当に酷い。
まず、登場人物が多すぎる。1クールでドラマを描くならせいぜい5人程度までだろうし、実際まともに人として描かれているのはその程度。残りの25人は、浅いゲームの中で浅い能力を披露しては消えていき、名前はおろか姿も能力も記憶に残らない。ゲーム自体も毎回部外者が適当に考えたようなもので、毎度ルールが変わるし、毎度参加者が適当に能力をぶっぱなしてなんとなく決着がつくため何一つ面白くない。作品の半分くらいをこの意味不明のくだらないゲーム描写が占めるため、視聴が苦痛でしかない。
その中で、主人公がチーム内で揉め事を起こして出ていき、また和解して戻ってくるという展開が物語の主軸になっていくのだが、キャラが多すぎゲーム描写多すぎで尺が足りない中なのでそもそも掘り下げがなさすぎて展開がすべて唐突。しかも、長年一緒にやっていた仲間だろ!みたいな雰囲気で話を進めておきながら、揉め事が起こると全員急に話も聞かずにキレちらかして、主人公側も対話もしないクソムーブでチームを飛び出すことで展開を作っており、本当に見ていて辟易する。主人公が対立チームに加入して元チームとゲームするという展開もあるのだが、これも人間関係の変化とゲーム内容がちぐはぐで、ドラマとして成立していない。そもそも、彼らがなぜチーム戦のゲームをしていたのかよくわからず、途中から変な研究者みたいなのが来てゲームさせてくるけど、それも結局大して物語に絡まないまま。元チームに戻る時も、キレちらかしてた友達が急に「俺も困惑してて…」とかクソムーブかましてきたり、最終的な和解でも最初からその話しとけば揉め事すら起きてないだろって感じだったり、露骨な舞台装置だけでなく、舞台装置にすらなっていないキャラや要素が多すぎて、ガラクタを見せられてるようにしか思えない。
一体何をどうすればここまですべてが破綻した作品が出来上がるのか、不思議で仕方がなかったのだが…これはプロジェクトANIMAのキッズ部門作品受賞作なのだけど、原作ではなくあくまで原案であって、原作からは大幅に改変されているらしい。原作はどうも、若者たちがチームを組んでテロを繰り返すダークな作品だったようで、これをキッズ部門受賞作にしたせいで、謎のゲームを繰り返し、不自然でふわっとした人間関係(以下)を描写する意味不明な作品になってしまったようだ。原作がこうならまだ理解はできるが、原案としてここまで変更するのであれば逆にもっと出来ることはあっただろう。本当にどうしてこうなったのか。今年ワースト作品候補に文句なくノミネートされるであろう破綻した怪作。
序盤は東部戦線の部隊長としての戦闘が描かれるが、帝国全体としては戦闘で局所的な勝利を重ねながらも戦争終結への道筋が見えず、泥沼の消耗戦に陥っていく。ターニャは小賢しく立ち回って自身の安全を確保しようとする、が…こちらも局地的には成功を納め続けるものの、安全な立場からは遠ざかるばかり。合理性の塊として局地的最適解を導き出し、魔導兵としての戦闘能力と部隊長としての指揮能力で目先のタスクを効率良く片付けるが、良くも悪くも人間性から距離を置きすぎたことが災いし、神の悪意も手伝ってか足を掬われ続ける…中盤からそういった描写が増えてゆき、終盤ではルーデルドルフとゼートゥーアの人間関係を崩壊させながらさらなる泥沼へと足を踏み入れていく。完全なる無法地帯と化したブラック企業で優秀なソルジャーが地獄を這い続ける様を彷彿とさせるブラックコメディは、社畜経験者には刺さってくる。最近ミリタリーと接点があることもあり、面白く見ることができた。
かなり大事な回なのに、今回全体的に作画おかしくね…?っていうか劇伴もおかしくね…?なんか亜細亜堂時代を思い出してしまった。ゲオルギーネ派の名前ぐらい読み上げないのかしら…ちょこちょこ顔出したり謎に名前表記出したりしてたのに、こういう自然に仕込めるところはスキップしちゃうんだなぁ。
襲撃の一連の流れも原作から細かいところがかなり変わっていて、印象がだいぶ変。原作だとシャルロッテの側仕えが窓を確認しに行く(これもこれでおかしいが、襲撃者に吹き飛ばされるのは筋が通る)のだが、アニメではダームエルが確認しにいって、鍵が開いてるのに外も確認せず、よそ見をして侵入を許し、護衛騎士として相当に無能っぽく見える。ローゼマインの「きっと気のせいです」も、周囲に話すのではなくシャルロッテに話しかける形になっていて、ローゼマインの判断のおかしさが目立つ。その後、シャルロッテが攫われた後に騎獣から降りようとしたのはなぜだろう…?原作はそのまま飛び出して行っていて、その方が自然に感じるのだが。アンゲリカがシャルロッテを抱きとめた後、身体強化をしている間は宙に浮けるような描写・会話になっているが、そんな設定あったっけ…?騎獣が落ちたあと、自分から外に出てるのも変だよ。原作だと、横転した中で起き上がったから上半身だけ出てしまって、そこを掴まれたことになってるのに。もしかして窓から飛び出す前は降りようとしたんじゃなく、この展開のためにシートベルトをはずさせようとした…?原作だとシャルロッテに呼びかける時に上半身を乗り出そうとして外したことになっているのだが、改変した結果不自然になっている。なんというか、全体的に酷い。
ここだけでも頑張らないといけない回だったのに、肝心な回が普段よりだいぶ悪いとか…前もそうだったけどこのシリーズは一体どうなっているんだ…
冒頭の抜け殻のようなボルカニカ、からのラム大活躍回。今回のバトル作画がいい感じだっただけに、前回の悲しみが蘇ってくる。そして最後は再びボルカニカ、彼?が守っていた場所には手形…そういえばこんなのありましたね。クライマックス近し、だがどう終わるんだろう、どこで切るんだろう…
勇者クロノア編で色んなことが繋がって、クライマックスの準備が整ったという意味で良い評価。それ以外の部分…特にマリアベルまわりは結構ぐだぐだだったし、グランもさすがにそれはちょっとと思うところはあったが、まぁ転スラはこんな感じで良いでしょう!
なろう系の王様として、様々な作品を置き去りにする隔絶したご都合展開の嵐ではある。だが、転スラはそもそもこういう作品として一貫している。だからこれでいいんだ… 結構クライマックス近かった気がするけど、どうだっけ…原作もう忘れちゃった。
死ぬ気で挑戦して商業誌で連載したものの最終的には挫折した元漫画家の教師・手島零と、彼女の作品に支えられてまっすぐに育った生徒・安海相の物語。安海が漫画の創作を通じて友達を作り、創作者としても少しずつ成長していく傍らで、最初は嫌々、すぐにノリノリで巻き込まれていく手島先生。安海たちは純粋に創作を楽しむ一方、壮絶な過去からあちこちに見えてしまう創作の落とし穴にハラハラして、なんとか自分のような地獄を見ないように見守り導いているはずが、自分の過去を振り返る過程で少しずつ過去との向き合い方を変えていく… 非常にわかりやすい話で、漫画・創作ものでよくあるような、すごく才能があるだとか、SNSや商業誌での派手な展開があるというわけでもない。ノートに落書きで描き始めるところから、少しずつ少しずつ創作が進展し、それを通じて交流が変化する様子が丁寧に丁寧に描かれる。
現在の安海たちと対になる形で描かれる手島先生の過去話の絡め方が非常に良く、手島先生がどんな地獄を見てきたのか、何を恐れているのか、それを生徒に直接伝えることなくどのように影から支えているのか…そして、その結果が思いがけずに安海から返された時にどれだけ救われた気持ちになるのか、痛いほどに伝わってくる。子供に期せずして恩返しされた親の気持ちってこんな感じなんだろうね。
漫画家が自分を題材に漫画を描くと、やたら美化したり劇的にしたりすることも多いものだけど…これはシンプルで、注意を惹くための奇抜な展開を作るでもなく、創作描写も地に足がついていて、創作とそれが生み出す人間・人間関係の変化が相互作用しながら進み続ける。それが本当に良く出来ていて面白い。素晴らしかった。
たぶん原作はまだ続いているのだろうし、ここがキリが良いわけでもないのだろうけど、アニメとしてはちゃんと綺麗に終わったなぁ。
映像単体、音楽単体でみれば非常に良い。ただ、それが物語とうまく結びついていない。室町時代の実在の人物・場所として義満、犬王、観阿弥・世阿弥等が出てきて、猿楽がちょうど能へと変化していく様を世阿弥を主人公に描写する形になっているため、この過程を何かしらの仮説をもって鬼夜叉の成長と映像表現に絡めつつ見せてくれるのかと期待したのだが、鬼夜叉が幼少の頃から既に我々が知っている現代能らしきものが成立しており、今とどう違うのか少なくとも素人目には映像上わからない。鬼夜叉は色々市井で経験を積むものの、それが舞にどうつながり、映像としてどう反映されたのかもわからない。世阿弥の思想はあちこちでほのめかされるのだが、それが物語として説得力のある形で鬼夜叉が気づくこともなければ、それと舞の表現との結びつきも汲み取れない。最終話付近で突然すべての思想を一緒くたにぶち込んだような舞台を演じて終了するが、鬼夜叉はまだ10代前半であり打ち切りエンドのように見える。
これもまたある種の創作物語であり、確かに創作と主人公の成長を相互作用させることで物語を駆動しようとしている。しかし、その相互作用が機能不全を起こし、少なくともエンタメとして成立はさせられなかったように感じた。これにより、結局舞台・舞の映像だけ切り抜けば良いが物語としては成立していないという、物語と創作を分離した作品と似た印象になってしまった。